白昼夢
電話を切ってから、蝉が鳴いていたことに気がついた。
この一週間のことはあまり覚えていない。
梅雨が明けたばかりの初夏特有の蒸し暑さが、大切な人を失った心を蝕み、いつまでも醒めることのない悪夢のようだと和代は思った。
「できれば夢であってほしい」と願いながらも、まだ新築の薫りと裕也の息づかいが残る一戸建て住宅で一人、裕也の書斎で遺品の整理をしている。
裕也と結婚してから8年と2ヶ月・・・子どもには恵まれなかったが、何もないところから二人三脚でようやく昨年の末にマイホームを買ったばかりだった。
突然の電話
「和代さん? このたびは色々と大変だったわね 心配してるのよ」
裕也の姉の理恵からの電話だった。
姉といっても、裕也とは血がつながっていない。
裕也も理恵について詳しいことは教えてくれなかったが、理恵は、裕也の父の妹の子で、裕也が中学生のときに、父の妹夫婦が交通事故で亡くなってしまい、当時高校生だった理恵を裕也の両親が養子にしたと聞いていた。
理恵は、高校卒業後すぐに裕也の両親の反対を押し切って片桐という男と暮らし始めたが、「生活が苦しい」と裕也の両親に何度もお金を無心しにくるのを見ていた裕也は、理恵のことを嫌っていた。
突然の理恵からの電話に
「ああ、お義姉さん・・ありがとうございます。こんなときだから私がしっかりしないといけないので・・」
戸惑いながらも、そう答えるだけで精一杯だった。
「そう。思ったよりも元気そうでよかったわ。 ところで、まだ早いかもしれないけど、あなたたち子供いなかったわよね? 裕也のご両親・・まぁ、私の両親でもあるんだけど、両親もすでに亡くなっているし・・」
この人は何が言いたいのだろう・・と考える間もなく
「そうすると、私も裕也の相続人になる訳で・・でね、こういう事は一日でも早くちゃんとしたほうが良いと思うの」
言葉がでない・・
「今度の日曜日会えないかしら・・もちろん和代さんの都合にあわせるわ」
一方的にまくしたてられた。
「・・すみません、まだそういうことは考えることができないので・・」
かろうじて絞り出した言葉・・
「そう? しかりしなきゃ駄目よ。 じゃ、また電話するから。 よく考えといてね・・とりあえず元気出して頑張ってね」
一方的に電話が切れた。
「この女(ひと)は、こんな時に何を言っているのだろう?」
裕也の葬式の時だって、ちょっと顔を見せて帰ったくせに・・・
ふぃに、
「姉さんから、旦那がギャンブルにのめり込んでお金が足りないからお金を貸して欲しいって言われて困っている」
と裕也が言っていたのを思いだして、苦々しくどうしょうもなく怒りがこみ上げ、知らない間に握りしめていたらしい拳に涙が落ちた。
落ちた視線の先・・
希望
電話が置いてある棚の下に古い木の箱が目に入った。
マイホームに引っ越してしばらくたった頃、裕也が冗談ぽく
「和代が困ったときに、書斎においてある木の箱を開けてみてね。 あぁ何もないのに開けちゃだめだよ」
と言っていたのを思いだし、木の箱を手にとった。
少し埃をかぶっていたが、特に鍵はかかっておらず、錆びた蝶番が「ギィ・・」音をたて蓋が開いた。
箱の中には、「封をした手紙」らしきものと、「むき出しの手紙」・・
むき出しの手紙には裕也からのメッセージが書かれていた。
後書き
(1)この物語のように、亡くなった裕也に子どもがいなくて、すでに両親も亡くなっている場合、亡くなった裕也の両親と養子縁組をした人(義姉の理恵)は、裕也の通常の兄弟姉妹と同様、裕也の相続人となります。
(2)もしも、義姉の理恵が、裕也の両親の一方とだけ養子縁組をしていた場合は、半血兄弟と同様、裕也の相続人になりますが、その相続分は、他の全血兄弟の2分の1となります。
(3)この物語のように、亡くなった裕也が「相続分の全てを妻に相続させる」旨の「遺言」を作成していた場合には、裕也の兄弟姉妹には、裕也の遺産を相続することはできなくなります(兄弟姉妹には遺留分がありません)。
(4)当事務所では、大切な人のために、遺言の作成をお薦めしています。
※ 詳細はご相談ください。
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