祭り
「パパ早く早く」
今年の春に、小学校一年生になったばかりの千早が玄関で靴を履きながら、大きな声で私を呼んだ。
「そんなに急がなくても大丈夫。祭りは逃げないよ」
笑いながら答える私に
「だって、今日はミサちゃんも、エッちゃんも来るんだもん」
「千早も早く行って、た~くさん遊びたいの」
どちらかというと内気でおとなしい部類の女の子だと思っていたが、小学校に入り、何時の間にか仲の良い友人もできたようだ。
「はいはい・・お父さんは今準備してるから、ちょっと待ててね」
妻の和子が、私のかわりに千早に答える。
何気ない家族の日常の一コマ
声なき慟哭
祭りにウキウキしているのだろうか?
「道路を走ると危ないよ」
妙にはしゃぐ千早は、私の声を聞いているのかいないのか、「は~い」と返事はするものの、小走りに私の先を走っては戻る動作を繰り返す。
「千早ちゃ~ん」
道路の向こうから、千早の友人と思われる女の子が手を振る。
「あ~・・エッちゃん」
千早が答えながら、エッちゃんと呼ばれた女の子のところに走り出す。
キィーーーーーー
突然聞こえる、車のタイヤが道路で削れる悲鳴のような甲高い音
「千早!」
考える間もなく、道路を横切ろうとする千早の元へ体が動く
手を伸ばせば届く千早に白いワンボックスが迫る。
昨夜
「あなた」
「あなた・・ねぇ・・ちゃんと作ってくれた?」
和子が私に問いかける。
「千早も小学校に上がったし、家も買ったんだし、ちゃんとしてくれないと万が一のとき困るのは私や千早なのよ」
昨年、和子の希望もあり、30年のローンを組んで買ったマイホーム・・そして和子のお腹には私たち夫婦の二人目の命も宿った。
「わかってるよ・・そのうち・・・ちゃんと作るから」
言葉を濁しながら、
「万が一なんて縁起でも無い・・そんなのある訳ないよ」
と心で呟いた。
「そのうちじゃ駄目なのに・・・お願いよ・・・」
和子もそれ以上は言わない。
10年前・・・和子で出会う前・・・私は結婚に失敗した。
その時・・ちょうど今の千早と同じ歳の男の子がいたが、その子は前の妻が引き取り、今は会うことも難しい。
和子もその事は知っているが、当然面識も無いし、今その子がどこにいるのかを知らない。
あとの・・・・・
「千早~」
大声で叫んで、大きく一歩踏み出して小さな千早の手を引っ張った。
キィーーーーー
迫る白い壁
まるで水の中を動いているかのように、動かない体
突然、周りの全てがスローモーションで動き出す
千早の驚いた顔
ドン
衝撃と同時に、生まれたばかりの千早、幼かった千早、ランドセルに隠れる小さな体・・そして和子との記憶・・
天と地が入れ替わる
「なんだ?・・頭の上に道路があって・・・あれ・・千早は・・あぁ・・道路の端で倒れてるけど、大丈夫!・・ケガはなさそうだ・・」
スローモーションは、そこまで
グシャ
ドスン
骨がきしむ音
肉が裂ける痛み
グシャ
体が壊れる音
永遠のような一瞬
バンバン
遅れた時間を早送りするように、天と地が数度駆け足で入れ替わった。
「あれ・・・俺・・・轢かれたの・・」
慌てて飛び出す運転手・・顔が真っ青だ・・
千早は?
石のように重くなった頭を何とか動かし千早を探す。
泣いている千早・・でも・・
「ん・・千早・・は・・大丈夫みたい・・」
「祭り・・行けなくなっちゃったみたいだ」
「千早・・ごめんね」
石になった頭が道路に落ちる
ゴン
鈍い音
ふいに、夕べの味噌汁の香りが道路に漂う。
「あ・・和子・・ごめんね・・まだ作ってなかった・・」
「遺言・・・遺言が無いと・・困るよね・・和子・・ごめんね・・これが本当の後の祭りか・・」
時が止まった・・
※ 上記は、今朝作った「フィクション」です。
後書き
・・・と・・・言う訳で・・・
家族の幸せを願う・・・皆さま・・・
遺言書こうね。
できれば、公正証書遺言をお薦めします。
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